東京高等裁判所 昭和39年(う)2651号 判決 1965年5月25日
被告人 石井茂
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人赤司卓治、同深沢勝及び同深沢守連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
控訴趣意中「事実誤認の第二点」について。
論旨は、被告人は本件農地につきその所有者と杉山登との間の売買を仲介したにすぎないというのである。しかし、原判決の挙示する証拠によると、被告人が本件農地をその所有者である耕作者から買い受けたうえ、原判示第一のとおりこれを鈴木文太郎及び杉山登に売り渡したことが明らかであり、記録を精査しても、原判決の右の点の認定に誤があるとは認められない。すなわち、右引用証拠によれば、被告人は、昭和三十七年秋頃埼玉県大宮市大字風渡野字往還上西所在の、本件農地のほか山林等を含む合計三十四畝の土地(八反七畝十八歩)が東武電車七里駅に近く、宅地として好適の条件を備えているものと認めその頃宅地の造成を意図していた有限会社鈴木土地の代表取締役鈴木文太郎に右土地を買い取らせようと考え、鈴木土地の従業員らとともに地主及びその代理人松本留と折衝を重ねた結果右土地全部を代金坪あたり田六千五百円、畑一万円、山林九千円、合計千八百九十二万三千円で売買すべき旨の諒解が成立したが、鈴木文太郎において資金の調達ができないままにいたずらに時日を遷延したため、被告人は自分で右土地を買い受けてその権利を確保しておこうと考え、同年十二月二十九日地主及び松本留と会合し、地主側に手付金七百五十七万円を支払い、右諒解にかかる条項どおりの、地主側代理人松本留を売主とし被告人を買主とする土地売買契約書(原庁昭和三十九年押第六十三号の2のうちの押印のあるもの)を作成してこれを取り交わし、昭和三十八年二月二十八日金五百六十七万七千円を、同年四月二十七日金五百六十七万六千円を地主側に支払つて、代金全部の支払を了し、右土地の引渡を受けたこと、他方、鈴木文太郎は、同年一月頃杉山登に交渉して同人から出資の承諾を得たので、同人と共同して宅地の造成事業を行うことを計画し被告人に対し右土地の売買を申入れ、被告人は右申入に応じ、同年二月上旬頃右両名と会合して折衝した結果、右土地を代金坪あたり地目にかかわりなく九千四百円、合計二千四百七十万三千円で売買すべき旨の合意が成立したので、その旨の、被告人を売渡人、杉山登を買受人とする土地売買契約書(同押号の2)を作成してこれを取り交わし、杉山登から代金として同日千万円(手付金)、同年三月三日頃六百万円、同年四月末頃八百七十万三千円の支払を受け、右土地を引き渡したことが認められる。以上取引の経過及び態様、契約の形式及び内容等に関すると、所論のように被告人は地主、杉山登間の右土地の売買を仲介したのではなく、被告人が名実ともに右土地を地主から買い受け、これを鈴木文太郎及び杉山登に売り渡したものと認めざるをえない。鈴木文太郎の司法警察員に対する昭和三十九年三月二日付供述調書、証人本田豊一、同新貝兵庫及び被告人の原審公廷における各供述中叙上の認定に反する部分は、原判決の引用証拠と対比し措信することができない。論旨は理由がない。
控訴趣意中「事実誤認の第一点」について。
論旨は、被告人は本件農地につき地主と杉山登との間の、適法かつ有効であるところの、知事の許可を停止条件とする売買の仲介をしたにすぎないというに帰する。被告人は本件農地を地主から買い受け、これを鈴木文太郎及び杉山登に売り渡したものであつて、地主と杉山登との間の右農地の売買を仲介したものでないことは、前段で説明したとおりである。そこで、問題を、地主と被告人との間の売買は所論のごとき停止条件付売買であり、したがつて被告人と鈴木文太郎及び杉山登との間の売買は被告人の取得した右条件付権利の売買であると認めるべきかの形に置き換えて考察することとする。
民法第百二十七条ないし第百三十二条の各規定にいわゆる「条件」とは、法律行為の効力の発生又は消滅を将来の不確定な事実の成否にかからしめる附款をいうのである。しかして、右「条件」は、法律行為の内容をなすものであるから、当事者が任意に定めたものでなければならない。ある法律行為が効力を発生するに当然必要な条件として法律の定めるものは、法定条件と称せられることがあつても、右民法の各規定にいわゆる「条件」には当らない。農地法第五条は、農地を農地以外のものにするため、これについて所有権を移転し、地上権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定し若しくは移転する場合には、都道府県知事等の許可を受けることを要し、その許可を受けないでした行為は、その効力を生じない旨規定している。すなわち右許可は、農地転用のための権利の設定、移転を目的とする法律行為の、法定の効力発生要件であるから、農地転用のための売買契約をした当事者が、知事の許可を得ることを条件としたとしても、それは法律上当然必要なことを約定したにすぎないもので、本来無意味なことであり、売買契約に停止条件を付したものということはできない(昭和三十六年五月二十六日最高裁判所第二小法廷判決、民集十五巻五号千四百四頁参照)。したがつて、地主と被告人との間の本件農地の売買は、かりに当事者間において知事の許可を得ることを条件としたとしても、停止条件付売買ではなく、又当然に被告人と鈴木文太郎及び杉山登との間の売買は、右条件付権利の売買ではない。ところで農地法第五条は、耕作者の地位の安定と農業生産力の維持、向上を図るため、農地等転用のための権利移動を規制したものである。農地法は、この規制の実効を期するため、単に右の権利移動を目的とする法律行為の私法上の効果を否定するにとどまらず、第九十二条の罰則において右のような行為をしたこと自体に対し臨むに刑罰の制裁をもつてしているのである。右罰則の適用を受けるのは、当事者が所定の許可なくして真正な所有権の得喪をする意思をもつて、その意思を発現する外形的行為をするというような一般常識からすればほとんどありえない特異な事例にかぎられるというがごとき見解は、右各規定の立法趣旨に添わず、これを無意味、空文化するに等しいもので、採用のかぎりではない。さきに説明したとおり、被告人は、鈴木文太郎及び杉山登との本件農地転用のための売買において、単に契約をしたにとどまらず、代金の支払を受け、その土地を引き渡し、許可を受けてなすべき行為いつさいを許可を受けないで完了したものであつて、右所為が農地法第五条違反の罪を構成することはまことに明らかであるというべきである。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂間孝司 有路不二男 渡辺達夫)